軍艦島(長崎)

近代産業の遺産、軍艦島こと端島へ。


早朝5時、釣り人に紛れ漁船で密航。
昼間は監視が厳しい為、3時間のみの滞在。


小中学校のグラウンド跡地に上陸。

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<軍艦島>
長崎港から南西へ約19キロ。1890年、三菱が採炭を開始し、1916年には
日本初の高層鉄筋アパートを建設。その姿が軍艦「土佐」に似ていたことから
「軍艦島」と呼ばれ、第二次世界大戦中、米軍潜水艦の魚雷攻撃を受ける。
全長480メートル、幅160メートル程の小さな島に50棟近い鉄筋コンクリートの
高層アパートが乱立、最盛期の1960年には約5300人が暮らし、1キロ平方
メートル当たりの人口密度が5万人(当時の東京都の9倍以上)。
幼稚園や小中学校は勿論、娯楽施設では映画館やパチンコ店,居酒屋,
テニスコート,プール,雀荘まで揃い、当時はまさに「未来都市」の趣。
1974年1月に石炭資源の枯渇により閉山。同年4月、島は無人に。
老朽化が激しく現在は立ち入りが禁止されています。

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気配なし。風の音のみ。


ひとりウロウロ。。。


大正7年に建てられた9階建てビル。この当時は「超近代建築」。
老朽化が進み崩落の恐れあり。


足場悪し。ガラスの破片だらけ。


部屋からの眺めは最高です。


昭和49年の長崎新聞 「暴走族のさばる!」「風呂代大人七十円」


高台にある神社。盛大なお祭りも行われたそうです。


教会へ下る階段。塩分を含んだ潮風で酷い風化具合。


マンションの中を迷いに迷ってようやく外へ。


破壊と創造。
風化によってアート化した物体から得るイメージとエネルギー。


小中学校の校舎へ。


トイレ。見晴らし抜群!


滞在リミットが迫る中、教室をウロついてると、な、なんと!
僕の誕生日、昭和48年8月22日の毎日小学生新聞を発見!
廃墟の中、ひとり金縛り。。。

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廃墟マニア、世界遺産登録への動きなどで再び注目を集める端島。
炭鉱での朝鮮/中国人の過酷な強制労働の問題も再浮上してます。

強制的に退去させられた人、炭鉱で亡くなった人、労働から逃れる為
海に飛び込んだ多くの朝鮮/中国人。様々な人の念が渦巻く空間。
そして対照的といえる周りを取り囲む綺麗な海。
自生する植物も一際生き生きと見えます。

ネット上の写真では目にしてたけど、実際ここに一人身を置くと
廃墟がどうのこうのというより、世の無常を感じずにはいられません。
世界が滅亡した後、一人残された感覚。
過去の生活が少なからず感じられる為、よりリアルに。
そして、生まれた日の新聞との遭遇。
時空が歪みます。持参した蜂楽饅頭も食べるの忘れる程に。

繁栄と滅亡。 形あるものすべて無くなります。 
資源を掘りつくした結末。

廃坑となった1974年、東京に最初のセブンイレブンがオープン、
その翌年、佐賀県玄海町で九州初の原子力発電所が稼働したとのこと。
エネルギー問題真っ只中、資源に乏しい日本ですが、
50年程度で転換を迫られる短命の石油と危険なリスクを伴う原発。

そして日本の縮図としての軍艦島。

ちなみに長崎市は今後「観光地」として整備するらしいです。

[tatsuishi]