TADA (percussionist)

音楽歴35年以上!僕らがリスペクトして止まないパーカッション奏者。
人に歴史あり!ってな具合で現在47歳のTADAさんもワルく険しい道のりを
潜り抜けて来たお方でした。
福岡の雁ノ巣に米軍基地があった60年代、米軍向けのラジオでジミヘン、ジャニスなどをリアルタイムで体験、小学6年生ですでにバンド活動(一般的には非行行為)を開始、小中学生相手にパー券も売り捌く。中学3年の頃には福岡一の繁華街、中洲のディスコに年齢を偽り入店し、小遣い稼ぎのライブ活動(当時ディスコ全盛時はライブバンドで踊るのが一般的)。で、その後の事は僕にもあまり語らず。。。(相当ワルそう)
1989年、28歳でDJ BAR「SPOOKY」をオープン。デビューしたてのDE LA SOUL , JUNGLE BROTHERSなどのヒップホップ、またイギリスで注目されだしたレアグルーブ~ジャズファンクなどが中心にプレイされる。
1992年、移転と共に店名を「RITZ SPOOKY MIX」に。93年、DJ KRUSHに出会い、94年のRITZ2ndアニバーサリーではKRUSHさん(同年ファーストアルバムをリリースしたばかり!)もゲストDJとしてプレイ。「語りだしたらきりが無い」というRITZ。BLUE NOTEに出演していたSERGIO MENDESのグループが毎晩のように来店し朝までセッションしたり、お客さん全てが外人のことも多々あり。また東京よりもN.Y、ロンドンで有名だったようで、英国のデザイナーが選ぶ世界のBAR100選に選ばれたことも。プレイしたDJもGILLES PETERSONから青柳拓次さんまでホント色々。
RITZのレジデントDJだった新時彦氏がプレイしたオールドスクールHIPHOP、ガラージ、ファンク、ジャズ、ラテン、そして様々なワールドミュージック、電子音楽、そして現在ネタ盤として若者の注目を集めるブレイクビーツまで、音のメルティングポットと言えるミクスチャーを体現した稀有なクラブでした。
KRUSHさんとも「爺になるまでやろうぜっ」と契りを交わした2人。RITZ閉店後は野外のパーティーなど、気持ちイイ場所を中心に活動。「音は空気の振動で伝わるけん、綺麗な空気のほうがイイやろっ」と、妙に納得させられる言葉も。先日熊本NAVAROでのパーティーでは、休憩を挟みながらも約7時間に渡ってDJとセッション!その体力は?と問うと「玄米、玄米!玄米パワーったい」と。ここ数年玄米菜食を続け、あと近海で取れた魚を月に2回程食べるだけ。野菜&お米も契約農家から配達してもらってるという本格派。玄米菜食も時代の流れからではなく、単に自分が美味い物を食いたいと思って試行錯誤してたら、ここに行き着いたとのこと。また石鹸&重曹を活用した生活も徹底しており、何かと学ぶことの多い先輩です。
僕個人的にもRITZはDJ復帰となった場で、客の有無に関わらずモノ凄い緊張感の中でプレイしたまさに学び舎。ホント色々学ばせて頂きました。
福岡の中古レコード屋にファンク~ジャズ~ヒップホップなどのブラック~ルーツミュージックが多く出回ってるのもRITZの影響大です!
≪プロフィール≫
『パーカッショニストとしてDJ KRUSH「ZEN」をはじめ、SILENT POETS, DJ HIDE ,JUZU aka MOOCHY等の作品に参加。またDJとのフリースタイル・セッションを頻繁に行い、VOLCANO阿蘇、AMAZONASをはじめ、九州内外の野外/ア ンダーグラウンド・パーティに参加、シーケンスされたダンスミュージックにさらなる熱気/テンションを与える。自身が率いるユニット「SPOOKY」は、 少数気鋭のタイトな構成ながら、トランスする強烈なグルーブでダンスを意識的なモノへ。また竹村延和、DJ KRUSH、LITTLE TEMPOなど、錚々たるDJがお忍びでプレイ、現在は惜しくもクローズとなっている伝説のDJ BAR「RITZ SPOOKY MIX」のオーナーとしても知られる』 [Tatsuishi]